金属の温度を下げていくと、ある点で電気抵抗が急激にさがりゼロになります。またこのとき金属の中の電子は個々ではなく集団として運動しており、それに起因する数々の興味深い性質を示します。金属の性質に著しい変化をもたらすこの現象は超伝導と呼ばれており、リニアモータカーや画像診断装置に使われる超強力な電磁石、高感度の磁気センサー、量子コンピューターの演算装置、送電線などでの応用がなされています。超伝導材料としての性能を表す指標の一つに、その物質が何度以下で超伝導になるかという転移温度(Tc)があります。多くの物質ではこのTcは10 K程度かそれ以下であり、そのため冷却のために大きなコストがかかります。そのためより高いTcを持つ物質の探索が行われてきました。そのような中で二ホウ化マグネシウム(MgB2, 39K)や銅酸化物系(約90K)などの超伝導物質が見つかり、また近年では超高圧下での水素化合物の高温超伝導(約200K)が報告されています。 ただしこれは常圧に取り出すことが難しく、常圧でもそのようなTcを示す物質の研究が盛んにおこなわれています。
超伝導密度汎関数理論(SCDFT)はTcの第一原理計算に使われる手法の一つであり、電子-フォノン相互作用・電子間クーロン相互作用・スピン揺らぎ効果を非経験的に取り入れた計算を行う事ができます。この手法は主にフォノン型超伝導体の計算に用いられてきており、MgB2のマルチギャップ構造の解明や硫化水素超伝導体の構造とTcの関係を調べるのに役立ってきました。我々はSCDFTをさらに多くの物質に適用し、この第一原理超伝導物質探索の研究を加速させたいと考えており、そのためにオープンソースプログラムSuperconducting-Toolkit (SCTK) [1]の開発・公開と、それを用いたTcc予測の精度検証を行いました [2]。 このベンチマークでは最も単純なターゲット群-35種類の単体金属(非超伝導体を含む)-を対象とし、またその際にスピン揺らぎ効果(Spin-Fluctuation, SF)とスピン-軌道相互作用(Spin Orbit Interaction, SOI)を同時に取り扱う手法を定式化してその効果についても調べました(図)。このようなベンチマークは、今後のハイスループット計算による超伝導物質探索や豊富な検証結果を用いた手法改良へとつながるマイルストーンとなるでしょう。
SCDFTではTc以外にもボゴリューボフ-ド・ジャン-コーン-シャム系の超伝導ギャップを得ることができます。これはトンネル伝導や超音波吸収などの実験で観測されるギャップと一致する保証はありませんが、弱結合の場合には定性的な比較ができることが経験的に知られています。そのような解析の例として、実験からも示唆されている通り、SCDFTで求めた MgB2の超伝導ギャップはフェルミ面ごとに異なる値を持っています。これはそれぞれのフェルミ面を構成する電子状態が異なっており、より電子フォノン結合が強いバンドが大きな超伝導ギャップを持っているためです。同様にYNi2B2Cでも、フェルミ面を構成する電子状態のキャラクターの違いにより、異方的な超伝導ギャップ関数が現れます。この場合には同じフェルミ面内でのギャップ関数の連続的な変化が起こっており、これはコーン-シャム軌道に対するニッケルの原子軌道からの寄与と負の相関を持っていることを我々は見出しました [3]。