Research Highlights:
大規模電子状態計算のためのO(N)クリロフ部分空間法
Order-N Krylov subspace method
図1: O(N)クリロフ部分空間法のアイデア

密度汎関数理論に基づく第一原理電子状態計算の計算コストは原子数Nの三乗に比例して増大することが知られており、 一般にO(N3)法と呼ばれています。 これはある参照系から比較し、10倍大きな系を計算する場合、その計算コストが1000倍になることを 意味しています。工学分野で扱われる系は、固液界面、粒界、表面修飾された金属クラスター等、非常に複雑な構造を 持っており、数千から数万原子程度の計算が必要となってきます。しかしながら、O(N3)法ではその計算コスト のため、その様な大規模系の取扱いは簡単ではありません。 その一方で、分子における官能基の化学的性質の大部分は局所的な原子配置によって決定されていることが知られています。 この化学的直感に基づき、おもに近距離からの情報を利用することで、局所的な電子状態を決定する効率的な近似計算手法を 開発することが可能です。その様な近似計算手法の計算コストは原子数Nに比例することからO(N)法と呼ばれています。

Order-N Krylov subspace method
図2: O(N)クリロフ部分空間法によって計算されたAl(001)面上に
置かれた(10,0)ジクザグカーボンナノチューブ系の差電子密度
私達は電子の近視性(nearsightedness)に基づき、図1に示す分割統治法とクリロフ部分空間法を融合する 新しいO(N)法の開発に取り組みました[1]。O(N)の計算コストは分割統治法のアイデアから保証されており、 またクリロフ部分空間を導入することで、解くべき固有値問題の次元が軽減され、 計算コストの前因子を小さくすることが出来ます。 本手法は化学的直感から導かれたものですが、クリロフ部分空間とグリーン関数の関係を調べることで、 この"化学的直感"を数学的にも正当化することが可能です。 実際のアルゴリズムは各原子毎に定義されたクリロフ部分空間内で、埋め込みクラスターを解く問題に帰着されます。 N個の原子を含んだ系ならば、N回、埋め込みクラスター問題を解いて、 その中心原子に関与するグリーン関数を計算することになります。 この方法の大きな特徴の一つは絶縁体だけでなく金属も同様に取り扱い可能であるということです。 一例として、本手法によって計算されたAl(001)面上に置かれた(10,0)ジクザグカーボンナノチューブ系の差電子密度を図2に示します。 私達は現在、本手法を用いて電極-電解質界面や金属-絶縁体界面などの大規模電子状態計算に取り組んでいます。

  1. "O(N) Krylov-subspace method for large-scale ab initio electronic structure calculations", T. Ozaki, Phys. Rev. B 74, 245101 (2006).